✨どしゃ降りだっていいじゃないか。最後に晴れれば✨

小説家・小宅高洋(新ペンネーム)のひとりライフ。

■ 7/6(金) ⑦今日という日に決心したこと(3)

ひと口に「明るい作品」といっても、トーンはまるで違うと思う。

小粋なユーモアやウィットで満たされたいわばイギリス流のクスッと笑うような作品もあるだろうし、ドタバタでダジャレの連発という、ひたすら読者の笑いを引きだそうとする作品もあるだろう。

その明るさというのは、その作者それぞれの感情によって違うものだろうと思う。

 

となれば、そうした作品を「明るい」、少なくとも「暗くない」と受け取ってくれる出版社に持って行けばいいのだと、きっぱりさっぱり、わだかまっていたものを消すことができたのである。

昨日と今日の2日間で。

 

そして、長時間練り上げたプロットは、毎年賞に応募してみようじゃないかと。ダメモトでもいいじゃないかと思ったとたん、自分の歩んでいる道が突然明るく輝いたような気がしたのだ。

 

まずはひとつ、別ペンネームを作ろうと。

それでも足りなければ、さらにまた作ればいい。

 

それでなくとも現在の僕は、仕事の重心を他のジャンルに移しつつあって、そこではまったく別のペンネームを使っているんだから、たとえ同じジャンルの中でも複数のペンネームを持ってたっていいじゃないかという、ごく当たり前のことに気がついた。

 

複数の同業者が、執筆前に、

「オレはできる! 書ける!」

とつぶやいたり大声を出したりシャドー・ボクシングをしながら自分を鼓舞しているなんてことを聞いたことがあるけれども、それをペンネームごとにやるかな……たとえば別のペンネームに気持ちを切り替える前に、

「オレはいまから別人格! 別の人間! さっきまでの礼儀正しかった自分は仮の姿! これからのオレはとっても乱暴者! それがオレさまの本質さ!」

と鏡に映った自分を指さしながら叫ぶとか(^◇^;)。

そして必ず洋服を着替えて、BGMもがらりと変えて、髪型もディップで変えちゃったりして……(^_^;)

(ますます近所から怪しい中年と思われるのでやめとこ)

 

これでなんだかスッキリした。

理想と現実をきっちりと分け、それぞれに同じだけの力を注いで、どちらかの手を抜くような真似はしない。

それならやっていけるかも……

ある時は悩める哲学者のように。

ある時はなにも考えず淡々とノルマをこなしていく職人のように。

 

そうか……作家は一種のキチガイにならないとだめだとある先生に言われたことがあるけれども、この脳内の多重人格が高じていくと、どれが本当の自分だかわからなくなってキチガイになってしまうのかも知れない。

 

そう。

誕生日という節目の日を境に、僕は明日からキチガイへの道を歩もうと決心した。

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