✨どしゃ降りだっていいじゃないか。最後に晴れれば✨

小説家・小宅高洋(新ペンネーム)のひとりライフ。

■ 長年尽くしてくれた友が、ついに寿命をむかえた。

とうとう、ついに、分解。

江戸の切り絵図。

切れてはテープで貼り、糊で貼りと、だましだまし使ってきたけど、もう8年以上かな……よく働いてくれた。

f:id:blueseashell:20120419125804j:plain

この本片手に、いろんなところを歩いたな。

資料と、デジカメとボールペン持って……あっという間だったな。まだ千葉の家にいるころ買ったんだもんなあ。

同じ本をもう1冊買ってあるのと、その大型本があるから、そこに書き込みを写して、ごみに出すしかない。あの頃は、まさか自分が江戸の物語を書くことになるなんて、想像もしていなかった。同じ歴史でも、戦国モノは書きたいなとは思っていたけど。

賞狙いじゃなくて、営業を繰り返しながら物書きが食べて行くには、こちらの意向を主張しつつ、出版社の意向というものを聞かないとならないから、果たしてたどり着くところがどこになるのか、それはなかなか見えてこない。

最初から見える人はラッキーだし、いやその人がいちばん幸運かも知れない。

ヘタに文学賞をとってしまって、2作目3作目で肩に力が入りすぎて、あるいはなにをどう書いていいのかまったくわからなくなってしまって、そのまま消えていく人間の方が圧倒的に多い。そこへ行くと、賞狙いではなく、けんもほろろのあつかいを受けながらも、できる&やる気のある編集者に出会うまでしつこく作品を持ち歩く僕らの方が、したたかな強さを持っていると思うが、その中でもやるべきことが見えている人がトップクラス。まことにうらやましい。

僕には一生のうちに書いてみたいまったく別のジャンルがあるけれど、それは生活との相談。メシを食い、光熱費や税金を払い、時には贅沢品を味わい旨いモノを食べ、その中から別のジャンルを少しずつ生み育てていく。まことに兼ね合いが難しい。

遊ぼうと思えばいつまでも遊べるし、中毒患者のようにただひたすらマシーンとなるタイプの人もいるし、いずれにせよ一種のキチガイにならないとこの世界では大成しない。

一時「二足のわらじ」という言葉が流行ったけれども、その中から大きな存在となった小説家は数えるほどしかいない。

なぜかと言えば答えは簡単で、一般社会の職業をまっとうするためにはきちんとした常識を備えていなければならないが、一方で作品世界でぽーんとどこか別の世界に飛ぶには、一種の非常識さを備えていなければならないから、その両立は至難の業だから(もちろんノンフィクションやそれに近いジャンルはのぞくけれども)。

 

伊豆に住んでいる西村京太郎さんなんかはマシーンの最たるもので、雑誌の編集者から、

「先生、執筆中のふりをしてください。その写真を一枚」

と請われ、文机に置かれた原稿用紙にむかって万年筆をかまえた瞬間、意識が向こうへ飛んでしまって、雑誌の撮影であることを忘れてしまい、その瞬間から本気で執筆を始めてしまって、編集者から声をかけられるまで気がつかなかったというのは有名な話だ。

 

僕が敬愛してやまない柴田練三郎さんなど、

「あなた、たまには近所の人とすれ違ったら、ご挨拶ぐらいなさいよ」

と注意され、

「オレの頭のなかじゃ、何百人という登場人物たちが動き回り、中には命がけで刀を構えていたり、斬られて死んでゆく人間もいるんだ。近所だろうがなんだろうが、そんなことにかかずらわっていられるか」

といつものように口をへの字にして答えたそうである。

 

みな、一種のキチガイであり、それをうまくコントロールしなければならない編集者というのもその狂った精神が必ず乗り移ってゆくもので、そうでなければまた優秀な編集者ではありえない。

物書きと編集者の、ではどこがちがうのかと言えば、物書きは自分が狂っていることに気がつかない人種であり、編集者は自分がくるっていることを冷静に意識している人間だと言えるのではないだろうかと思っている。

 

僕がいまだに中途半端な存在なのは、元の職業が編集者であったという経歴が災いしているのは明らかで、きちんとした一流のキチガイになれていないから。そのひと言に尽きる。