■1/28(月) ブログの縁は多生の縁なのかな。
ブログという言葉で思い出したが、そういえばあのsunny-blueさんはブログをやめちゃったのだろうか。
1月15日を最後に更新が途切れてしまった。
僕はあのなんともほのぼのとする写真が大好きだったんだけど。研修とかで忙しいのかな。
また再開してくれると嬉しいのだけれど。
その他にも2人ばかりいなくなっちゃった人がいるなあ……
hachiyuutさんのブログを読んでいると時々号泣したくなることがあって、幸せというのは人それぞれに違いないけれども、不幸せというのもやはり人それぞれなんだなあ思ったり……
でもあんなに海外にいっぱい行ってて、やっぱりうらやましいぞと思ったり(^◇^;)。
yumejitsugen1さんのブログを読んでいると、同じ人間でも頭脳の質の違いばかりはどうしようもないと感嘆することしきりだし、これが京大と早稲田との違いかと、打ちのめされる以前に降参しちゃって、 「へええ~」 てなもんだし。 むかし京都大学に入学した地方学生を下宿させた家は、なんとかその学生を自分の娘とくっつけようと、家族を挙げて邁進したとか、あるいは京大の学生と良い仲になっちゃって娘が妊娠したと聞くと、 「よくやった!」 とお父さんが膝を扇子で叩いてほめたたえたなんてウソのような話を聞くと(この話は同志社大学に入学して下宿し、学生結婚をしたかなり年上の従兄弟が出所なので、ウソだと思う)、すごいなあと関心していた大学生の我が輩がいたり。 その一方、 「早稲田の男が来たら、孕ませられるから逃げろ!」 と言われていると聞いた自分は、確かに、と思っていたから(^◇^;)もしかしたらホントなのか…… あ。話脱線してる。
ほのぼのしていると言えばkazenocomichiさんのブログは、まるで自分が鴨川を定点観測しているようなゆったりとした気分にさせてくれるし、
zepp69さんのなんとも愉快な姪っ子の話とか、明らかに弾んだ心を感じると、僕までもが弾んだ心になれるし、一方では娘とそんな関係になりたかったなと一抹の寂しさを感じたり。
ああいや、購読しているブログが多くて、いつも読むだけでもかなり時間がかかっているのだからして、とてもここに列挙することはできないんだけれども、
snowy_moonさんやkeisuke9498さん他が時々書いているブログを書くことについての冷静な分析を読んだりしていると、どこかブログの意味合いというものが、自分なりに感じられるようになって来ていて、一時ブログをやめようかと思っているとここに書いたことも、浅慮であったかも知れないなあ。思いついたことを発信というか書き続けるという行為もまた、それなりに読んでくれる人がいるわけで、そうした「多生の縁」というのも大事にしたいなあなどと、ふと。
考えてみれば、実社会においても離れたり近づいたりしているのが人間関係なのであって、ブログはそれが突出して感じられるだけなのかも知れないけれども、年齢差も地域差も職業差も一切関係なく考えが聞けるというのは、勉強にもなるし、救いにもなるし、僕にとってはとりわけ狭い狭い社会とのかかわりのなかで正気を保っているためのツールなのかも知れないなと、それこそ化学反応を起こしていたりして。
(でもやはり、去って行くことに気がつくと、寂しさを感じたりもして)
さて郵便局。