■10/28(月) 断酒1091日目 住宅ローンと、人生の自由と孤独と。

■昨夜1時過ぎ就寝4時覚醒。

とにかく目がスッキリ冴えているが、起きてしまおうかと思うと立ち上がれない。

これはおとといの夜と同じく、痛みの発作が出ている可能性がある。

がんばって目をつぶったものの6時にはまた目が覚めてしまって、いったん起床。

しばらくして、やはり疼痛があるのに気がつく。

昨日かなり良くなっていた膝痛もひどい。

「リリカ」2錠服用。

アミノレバンだけの朝食後、それで眠気を催したらしく、また寝る。

起きては寝てを繰り返し、9時に起きるもまだダメ。

結局10時過ぎに起きて、着替えて歯医者へ。

11時の予約だが、虫歯の根が深く、12時前までかかって帰宅。

次は来月。その次はなんと2月の予約。

虫歯も1本増えていたらしく、今年終わるかと思ったら甘かった。

 

天気も良く、往復40分以上自転車に乗っていても、膝は温まったはずなのに痛みは消えない。

「リリカ」が効いたらしく、鈍痛にはなったものの、こうなると関節炎だか神経痛だか判断がつかない。

 

今日は午後から主治医のところかと考えていたのだが、急遽予定を変更して、リハビリ内科へ行くことにする。

ついでに至近距離にある眼医者にも。処方箋&漢方薬局もそのそばにあるので、この3つはワンセット。

今日はそれだけで1日が終わってしまいそうだ……( 。-_-。)

 

今年もあと2カ月しかないじゃないか……

 

■アミノレバンだけ飲んで、コンタクトを外し、昼寝。

たっぷり2時間寝て、ようやく「寝足りた」という感覚に。

洗い物だけやって、3時少し前に眼医者へ。

「初めてです」

という患者が多く、ガラガラだったクリニックがようやく認知され始めたようなのだが、それはイコール混むということを意味するのでちょっと複雑。

技師の検査を受け、先生の診療を受けると、新しいコンタクトはバツグンの動き方だという。

が、右目がどうもゴロゴロして、とりわけパソコンを長時間やっていると、ドライアイのように引っかかる感じ。

目薬を処方してもらって、薬局へ。

リハビリ内科へ向かう。

 

■リハビリの先生に、5回目の麻酔ブロック注射をしてもらう。

さらには効き目が?だった「薏苡仁湯」をやめ、さらには腫れも引いたということで「茵蔯五苓散」もやめて、代わりに神経痛・関節痛・筋肉痛に効く

「麻杏薏甘湯」(マキョウヨクカントウ)を処方してもらうことに。

この薬はさらに全身の疼痛や夕方以降の熱感に効くというのだが、もちろんツムラの漢方薬リストから僕が見つけたもの(-◇ー;)。

「午前中は比較的なんともないが、夕方(午後)から患部が腫れて熱を帯び痛む。冷えたり湿気が多いと、痛みや腫れが増すものに使用する」

というから、なんとなく僕に合っているような気がするのだ。

しかもこの薬、「薏苡仁湯」に、麻黄、杏仁、甘草を加えたものなので、これまでと比較もできるだろうし、薏苡仁に期待していた皮膚や腸の筋腫を消すという働きを失うこともないため。

さて、どう出ますか。

 

その後15分の電気治療。

なんだか今日は麻酔が腰よりも太腿に効いてしまって、歩くのもふわふわよろよろと、軽く酩酊したような気分。

診療所を出たのが4時30分と、うわあやっぱり今日は病院デーだ……

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漢方薬局がひどく混んでいて、しかも先生、処方箋の書き間違いで「ロキソフェロンテープの温感」という、この世には存在しない名前が書いてあったから、薬局のオーナーである岩田さん(まだ思い出せない……俳優の旦那さんの名前……)はいろんな所にカクニンの電話を入れて、順番はどんどん後回し&後から来たお客さんは待ちぼうけ状態。

結局ただの温湿布をもらって帰宅。

うわあ、5時10分ともなると、自転車のライトを点灯しないといけない暗さ。

もう冬だなあ……

 

そう言えばテレビによると、今年の冬は秋と同じように、いきなりガツンと冬になるそうだ。

 

帰宅して階段を上り、居間に敷きっぱなしの布団 (-ω-;)に寝転んだのが5時半。

疲れ切った……

そのまま1時間爆睡。

麻酔を打つと必ず倒れ込むのは、やはりショック状態になるせいだろうか。

 

さて、残るは主治医の先生のところだが、明日行くかどうかは体調によってだなあ……

 

■今回の東京・大島をはじめとする大災害。

やはり僕の持論である、

 

「長期ローンを組んで家を買ってはいけない」

という主張が正しいような気がするなあ。

天気ですら不確実性を増している現在、30年ローンなんか組んで、それだけ長期の間銀行に返し続けるのはかなりのリスクをともなうということを忘れちゃいけないと思う。

先祖代々そこに住んでいたとか、頭金が数千万円あって、残りは1000万円の借金だけで住むとか、自分の両親と結婚する相手の両親が新築住宅のお金をぜんぶ出してくれるとか、そうした特殊なケース以外、住宅ローンに手を出すべきじゃない。

 

会社をリストラになる、会社が倒産する、会社に疎まれて地方転勤を命じられる、会社が吸収合併されて、自分の所属する部門が少しずつ力を削がれ、ついには廃止となるなど、今後さらにグローバル化が進むのだから、いったいどうなるのか誰にもわからない。

 

昭和30年代ぐらいまで、人は借家、借地に住むのが当たり前だった。

自己所有の土地と建物を持っている人間など、ほんの一握りしかいなかった。

そしてがんばってのし上がったら表通りに家を借り(買うのではない)、事業が衰退すればまた元の路地裏に戻るのが、当たり前の世界だった。

みんながそうしていたのだから、借地借家でも、ちっとも恥ずかしいという意識はなかったし、臨機応変に人生を設計できるのだから、いつ独立してもいいし、いつ田舎暮らしを初めてもいいし、そこにはかけがえのない「自由」というものがあった。

ところが何でもアメリカの猿まねをする日本の経済界が、

「これは儲かる」

と、庶民のお金を長期にわたって吸い上げるシステムを真似た結果が、現在悲惨な状況に陥っている「ローン地獄」である。

 

今や住宅ローンを組んで家を買うのが当たり前という、誤った常識が自然に植えつけられてしまっているが、これがまず人生最大の不幸の谷へ落ちてしまうかどうかの、大きな岐路となっている。

 

20数年前、なにかの雑誌で、

「東京で、東京の利便性などを享受して生きていけるのは、年収1000万円クラスの高所得者である。

それ以下の年収の人間は、地方から憧れの地であった東京に出て来て、そうした一部の高所得者にサービスを提供するための存在に過ぎない。

つまり、高所得者に奉仕する奴隷とならざるを得ないのである」

という論調に接したことがあるが、まさに至言だと思うし、それはいまだに続いている。

というより、20数年前よりもさらに貧富の差が拡大し、「新貴族」と呼ばれるような階層が出現するにあたって、ますますその度合いを深めている。

 

そうした奉仕する側の人間は、比較的安い給料で働きながら、なんとか自己所有の家を獲得しようと必死で、倹約に倹約を重ねながら頭金を貯め、ようやくローンを組めるまでに到るのであるが、そこには長期にわたる利息という大きな問題が横たわっていて、それはつまり、一生奴隷でいることを強いられるということを意味しているのである。

 

それに気づかないのは、男もそうだろうが、圧倒的に女性側の意識・意見である。

良い悪いは別として、動物の本能として、営巣意識がある以上、

「自分だけの家」

を欲し、そこで子育てをするというのが、一種の憧れになっていることは間違いない。

 

 かつて僕の近所にも、一軒家に挟まれたアパートが存在したが、その家の奥さんはどうやら、自分の部屋に一軒家で暮らす奥さんやら子供やらを招待することは恥だと思っていて、我が娘も、同級のふたりの女の子も、そのアパートには足を踏み入れたことはないし、母親同士の交流もほとんどなかった。

ただ、そこの女の子が他所の家に遊びに行く姿だけが、いかにも寂しく目撃されるだけだった。

僕は深夜・明け方まで仕事するのが普通であり、昼間ふらふらと起き出して風呂に入り、ヒゲを剃り、簡単な食事をして会社に向かうような生活をしていたから、娘が早帰りの時など、その女の子が一緒にくっついてきて、上がりたがっているところに何度も遭遇した。

僕はいいよと言って、冷藏庫のアイスクリームやら、食卓に置いてあるスナック菓子やらを食べていいと言っていたのだが、それで母親(つまり僕の元妻)と何度か言い合いをしたことがある。

元妻としては、人の家に上がり込んで、おやつを食べ、場合によっては夕食まで食べさせているのに、そのお母さんからアイサツらしいアイサツがなかったことに腹を立てていたのだ。

 

その子を家に上げる奥様方は、近所にはとうとういなくなり、僕が車で買い物をしようと出かけていると、その女の子がこんな遠いところまでと思える場所を、自転車で走っている姿をなんども目撃したものだった。

 

話が少しズレてしまったが、結局家などというのは、元妻も、近所の奥様方も、みな共通の意識として、「我が城」なのである。

そしてアパートに住む女の子の母親でさえ、交流がなかったということから、そこにもやはり「我が城」という意識が、逆の意味で働いていたと思うほかない。

 

そうした「家志向」の女性陣と結婚したら、男側の将来・老後は、その時点ですでに決まったも同然である。

うまく会社に居続けられるとしても、数十年働いた挙げ句、退職金の一部で残りのローンを返済して、ようやく奪われた自由を取り戻したときには、すでに60歳を過ぎているという、なんとも悲しいとしか言いようのない人生が待っているのだ。

そしてその報酬は、運が良ければ孫が遊びに来てくれることと、先に死んだら仏壇に位牌となって納められ、老妻によって

「あなた。長い間ご苦労様でした」

と言われるということだけである。

 

さて、麻酔ショックで体調悪く、この続きも、昨日書くと思うと言っていたアウトプットの具体例もおしまいまで書くことができなかったが、腰もむこうずねもまだ交感神経の伝達が遅れていて、明日になってようやくラクになるだろうから、明日まで猶予をいただくことにしたい。

 

ともかくも、女性選びというのは、男にとって、とりわけ作家志望の人間にとっては、バラ色か地獄か、二者択一に近いリスクを秘めている。

だから僕はこの年になって初めて、

「結婚しない」

という生き方が、大いに認められるべきではないかと思っているのだ。

(それを、孤独死だの独り住まいの寂しい食卓だの孤立化だのと、人生経験のない若い報道関係者にとやかくレッテルを貼って欲しくないのだ。

人間年をとれば、誰しもがみじめになる。老残という言葉がふさわしくなっていく。しかしそのことと、その内面性とは、本来まったく違うことだ。

どんなに体が不自由となろうとも、気持ちだけは若く、頭脳だけは明晰に、あるいは矍鑠として生きている人たちは少なくないと思う。

それを十把一絡げに孤立化・孤独死などとレッテル貼りをして欲しくないのである)

 

■しかしこの疼痛はなんだろう。

神経ブロックによる交感神経の沈静化が、じりじりと周辺にひろがっているため、落ち着いた部分と、いまだ痛みのまっただ中にある部分とに差があって、痛い部分がよけい痛い気になっているのかも知れない。

たまらず「リリカ」を2錠服用したが、今日(月曜)は通算4錠。

先週調子の良い日はゼロだったのだから、推して知るべしというやつだ。

あとは新しい漢方薬に効果があることを祈るのみ。

 

いやあ……発作で寝られやしないで、起き出してきてしまった。

なんか薄いコーヒーが飲みたいのだが、やめておいた方がいいよなあ……でも……。

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