✨どしゃ降りだっていいじゃないか。最後に晴れれば✨

小説家・小宅高洋(新ペンネーム)のひとりライフ。

■1/11(金) 結局どうあがいたって今を生きるしかない。

あまり仕事進まず。

でも疲れはとれた。明日から3日間、月曜日まで死にものぐるいで。

火曜水曜は新年の誓いどおり、休養日に充てる(休みの誓いばっかり実践しないか?)。

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しかし不思議なもので、これまでをふり返ってみると、やはり人生あざなえる縄ってやつで、必ず吉凶が混じり合う。

吉凶までいかなくとも、楽しいことと面倒と思えることが並行して進んでゆく。

しかもそれらが1対1ならまだしも、それが無数に思えるほど存在するから厄介。

 

さらに吉凶だの禍福だのが、その時々によって容貌を変え、それまで楽しいと思っていたことが面倒に感じ、それまで面倒だと思っていたことが後からやっておいてよかったという評価に変わるから、自分はこのところ好調だとか不調だとか、即断即決はできない。

 

結局目の前の仕事を淡々とこなすこと。

前を見すぎて心配のあまり押しつぶされないようにし、たまに後ろをふり返って

「へえ」

と思う程度にとどめておく。あまり気にしすぎない。

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そんな簡単なことは、恩師や先輩、本などからイヤと言うほど受け取ってきたにもかかわらず、それがようやく理解できるのは、ずいぶんと人生経験を積んでからのこと。

 

こうした格言だのは、苦しい経験をしたからこそ身に染みるわけであって、逆に楽しい経験ばかりだったなら、一生わからなかった可能性が高い。

 

と、なると、人生にどちらが有益かと言えば、おのずと答えは明らかだ。

個人個人の感受性にもよるだろうけれど、苦しい経験をたくさんした人間の方が、少なくとも深みのある人格を培うことが可能のように思える。

そうした人間の方が、おそらくは笑って死ねるような気がしている。

 

ああこんなことも、苦労は金を出してでも買えという格言のひとつだった。

僕の今日一日も、そんなあざなえる一日だったな。

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