✨どしゃ降りだっていいじゃないか。最後に晴れれば✨

小説家・小宅高洋(新ペンネーム)のひとりライフ。

■7/4(木) ③もろもろ。

■明日は生活扶助費をいただきに市役所まで。

ところが予報を見ると、大風。

朝の6時なんか風速10メートルなどと出ている。

これは自転車はあきらめ、先日払えなかったお金を持って主治医のところに行こうと思っていたのだが、急きょ予定変更。

バスで市役所まで行き、転居先を教えてくれない息子の所在を確認するため戸籍課へも

帰りには同じfujisawa駅近くにあるUR賃貸まで、家賃を支払いに行き、帰りはテラスモールによって新鮮な野菜と果物(たぶん西瓜!)を買って帰るつもり。

残りは土曜日にまわそう。

 

しかしテレビの天気予報蒸し暑いの連発だけど、ここは風が通り抜けて本当に涼しいなあ。

同じ棟のおじさんが言っていたと書いたとおり、伊勢原あたりから吹き下ろしてくる風の影響で本当に涼しい。寒さを感じる時すらあるぐらいだ。

ここから引越したくないな……

 

■アンモニアが抜けると(?)がらりと体調がよくなり、スロトレの腹筋に股上げ、ポールストレッチちょこっと、肩関節の運動などをおこなってもケロリ。

人間の体にもボーダーラインというものがあって、この段階を越えてしまうと病気となり、それ手前で持ちこたえていれば、東洋医学でいうところの未病ということになるんだろう。

このボーダーラインには、それ自身弾力性と強靱性を持っていて、病気の進行具合がある一線を越えなければ、土俵際で踏ん張ってくれる。

ところがいったん越えてしまうと、ボーダーラインは弾力性を失って、体調が良い、悪いの2通りしかなくなってしまう。

だからボーダーラインが必死で頑張ってくれている間に、病気の原因となるモノを取り除けばいいのだが、よほど自分の健康に注意深くなければ、病気になって初めて自分の身体の状態がわかるということになる。

ましてや東洋医学の大半を捨て去ってしまって、西洋医学で割り切れないことはぜんぶ迷信だの思い込みだの言って嗤うようになってしまったのがこの日本。

何百年、何千年にわたって積み重ねられてきた先人の知恵を、明治維新によって綺麗さっぱりと捨ててしまった。

ところがその真似をした西洋医学がもう何十年か前から、東洋医学や伝統療法を医学のひとつの柱として取り入れ、大学にもそうした授業が成立するようになっているというのは、もう笑うに笑えない。

日本人が猿まね民族と言われて、その独創性に乏しいのは、国民病とでも言えるのかも知れない。

しかしそれにしても、明治維新というのは、度重なる戦争といい、バカなことばかりやってくれたものだ。

おかげで韓国や中国に対する負の財産を背負って苦労しているのは、我々から下の子孫たちじゃないのかと、ふと思った。