「銀座小紀行」連載(^◇^;)中止のお知らせ。

ちょいと体調崩して日記を書けずにいたら、なんだか急速に銀座の話がつまらないものに思えて来て、なんだかとても書く気にならない。失せた。

 

その後、銀座では昔通り、美人ホステスには一人として会えなかったこと。

その代わり、ラフな洋服を着た若い子の、携帯姿はよく目撃され、これでは六本木や赤坂のキャバクラと変わらないじゃないかと驚いたこと。

 

大型バスに乗った中国人の数の多さに圧倒され、ここは北京の王府井か? というぐらいの状態になっていたということ。しかも中国人の中でもたぶん上の中間層といった感じだった。

薬の爆買いは下火となったが、こうして銀座を訪れて洋服などを買っていく落ち着いた、ごく普通の日本の中流家庭と変わらないような雰囲気を持った家族連れやカップルがメインに見えた。

かつて日本がそうであったように、まずはノーキョーが皮切りになって海外に突っ込んで行き、さんざん荒らし回って現地の人々の眉をひそめさせるようになってから、ようやく安全を確かめた日本の家族連れが出かけていったのと同じ事ではないだろうか。

 

特筆すべきは、二軒目に言った雑居ビル5階のバーで、大谷幸三先生と何十年かぶりにお会いできたこと。

ロマンスグレーの、いかにも若い女性にはモテモテって感じの印象だった。

先生、また漫画の原作を始めたのだが、これまでの人生で最も売れた本となりつつあるらしい。

発売4日で増刷がかかるなんて、とても考えられなかったとおっしゃっていた。

やっぱりなんだかインドの匂いがした^_^;。

 

銀座小紀行(1)

昨日。

1年ぶりだか2年ぶりだか或いはもっと以前だったか、東京に出た。

久しぶりに乗る東海道本線の、その長距離が怖くて、なんだか全身の神経が張り詰めて、上野駅で電車を降りたときには、すでに全身疲労。

乗り換えて日暮里。

西日暮里には僕がゴーストをやった有名な皮膚科の先生がいて何十回も通ったが、日暮里は2度めだったか3度目だったか、ほとんど記憶にない駅。

どうにもアーチスト系の学生が多いなと思ったら、そうか。近くに東京芸術大学の音楽科があるのだ。

しかし彼らを別とすれば、日暮里はやはり日暮里。

ちりちりのパーマにアイロンをかけて、金縁の眼鏡に縦縞の入った妙に派手な上着をつっかけて歩いて行くさまなど、やはり昔から変わっていない。

駅前のパチンコ屋や喫茶店はほとんど在日韓国人経営で、奥のラブホもまず間違いなし。

しかし町並みが変わったのか、東口南口方面にほとんど記憶はない。

そこで、待ち合わせの改札口を間違えた僕のせいで、予定より40分も遅れて、元の会社の先輩とようやく合流。

どうしてこういう日に限って、スマホが壊れたり水没するんだろう・・・・・・不思議でならない。

鳴りもしないスマホなんて、年間を通して無用の機械に過ぎないのに、だ。

 

ともかくも、天王寺の墓地にあるお世話になったスタイリストの方の墓参りを果たし、数年もの懸案事項にけじめをつける。

目頭が熱くなる。

僕の20代最後にあたって、グラビアの撮影のなんたるかを叩き込んでくれた人なのだ。

まさに走馬灯のように・・・・・・伊豆の下田からバリ島まで出かけて起きたさまざまな事件が昨日のことのように思い出される。

本来は食事会のみの話だったのが、なんだか精進落とし。

銀座の和食の店に6時半だったのだが、まだ時間があったので、有楽町から松坂屋のあたりをぶらぶらして、先輩に東京案内をしてもらった。

だいたい松坂屋からして、無いぢゃないか!

祖父に連れられていった食堂街が、数万円もするフランス料理の店だとかもう別世界。まあこんなところで食べるのは日本人の田舎者か中国人のお金持ちだけだろうけど。

ソニービルが変わったのはニュースで知っていたが、実物を見て驚いたし、大型バスで乗り付ける中国人観光客の多さに開いた口がふさがらず。

なんだよ、俺が知ってるのは、不二家ビルに、丸源ビルに・・・・・・なんだかホッとするぞ、戦後の焼け跡闇市から立ち直ってゆく過程で林立していった当時のパワーの源泉よ。

銀座シックスだかウルトラセブンだかエイトマンだか知らないが、頑張れ不二家のホットケーキ。

ああ、もうお上りさんたぁ俺のことだぜてやんでえ、の心境。

まあ、20年も時間があれば、変わるか、このぐらい。

町は発展を続け、老兵は消え去るのみ。歴史的証人にすらなり得ず。

(続く)

 

戯言

なんだってんだい、こちとら江戸っ子でえ。

わっちの才能はこんなもんじゃないはず。

 

「なあんて強がり言ってばかりいるんでね。あたしゃちょいとお小言を言ってやったんだよ」

「なんて言ったんでげす?」

「Netflixやめろってさ」

「大家さん、そりゃあ殺生だ。スケの野郎、女房に逆離縁を食らった後、女には捨てられるわ彼女いない歴10年になるわじゃ、さすがに引きこもりになっちまう。

しかも煙草も30年以上も前にやめたと思ったら、こんどは酒量が増えちまって、挙げ句の果ては肝臓がいかれちまった。

今じゃあ楽しみと言えば、甘いもん喰いながらNetflixでホラーかSFかアクションなんかを見るぐらい。

Netflixぐらい許してやっておくんなせえよ」

「いや、スケの野郎、素直にNetflixやめたから、小言を言ったこっちが面食らっちまったのさ。あの男、まだ捨てたもんじゃないな」

「そうですかい・・・・・・あれだけ楽しみにしていたNetflixをねえ・・・・・・」

そこへ棒手振りの矢の字がやってきて、頼まれた鱸の刺身を桶の蓋の裏をまな板がわりに器用に刺身にこしらえながら、

「なんですかい。スケさんのお話ですかい? 今さっき行ってきたばかりですよ」

「へえ。それでどうだったい。手持ち無沙汰にゃしてなかったかい? あるいは落ち込んでなかったか、どうも気になってな」

家主の心配顔に向かって、矢の字が言うことには、

「いたって元気でしたぜ? なんでも昨夜、WOWOWに加入したとかなんとか、サッカー見ながら胡桃饅頭を頬張っていやしたよ?」

「あの野郎・・・・・・」

家主はすくっと立ち上がって、

「こうなったら俺もURに見込まれた男、店賃きっちり取り立ててやる」

「え、店賃払ってねえんで?」

「ああ。1ヵ月分、払いがねえ」

(実話)

嗚呼、我が筆力斯くも衰えしか。

遅遅として筆進まず。

闘病生活5年もの間、1冊も上梓できなかったことが、確実に筆力の低下を招いてしまった。

まあ、生きてるだけでもマシだし、毎日あきらめず数行でも書き続けていれば、いずれ勘も戻ってくることだろう。

(どこまでも楽天的)

 

 「オランウータン 変顔」の画像検索結果

 

 

お気楽人生もそろそろ終わりが見えてきた・・・・・・

2年かかって、ようやくパソコンを買った。

しかも元の会社の先輩からの好意と、友人からの借金。

いい年こいて、なにやってんだろ・・・・・・

 

病気は寛解。

気力が戻り体力が戻ってきた。

以前は気力があっても体力がついて来ずに、壊れる前のVAIOを前にしながら、座ってさえいられずに、ずるずると椅子から滑り落ちてそのまま机の下でしばし昏睡。

かと思えば、少しは体力が戻ってきたかと、自重トレーニングや散歩、スロージョギングでゼロから鍛えていたのはいいが、書こう書きたいという意欲がまったく湧いて来ず、無為な日々を延々と過ごすだけの生活。

 

それが、ようやく気力と体力とがかみ合って来たのである。

その間、子供には裏切られ、恋人はあきれて去って行き、文字通りの独居生活。

しかし、まだ萎えてはいなかった。

しつこいね、俺って。

 

さて、土を捲いていざゆかん。

三途の川までホップステップ。

 

勝敗は兵家も 事期せず。

羞を包み 恥を忍ぶはこれ男児。

湘南の才俊 我此処に在り。  

捲土重来 いまだ知るべからず。

 

嗤わば嗤え。

 

f:id:blueseashell:20171003151307j:plain

 (月岡芳年「曽我時政、裸馬に乗り大磯を駆く」の図)