✨どしゃ降りだっていいじゃないか。最後に晴れれば✨

小説家・小宅高洋(新ペンネーム)のひとりライフ。

僕なりの文章修行術⑥

“三題話”が思考経路を再構築し、新しい経路を作り出してくれる。

 

三題話というのに初めて出会ったのは、新入社員の試験の時で、そのとき出た題材は、

「瞬間接着剤」「口紅」と、あと何だっかなあ……思い出せないのだが、たしか「結婚披露宴」だったような気がする。

で、その3つの単語を使って、ひとつのストーリーを作れという問題だったのである。

これは試験中にもかかわらず、

(面白い!)

と正直思ったものだが、自分の脳内に蓄積されてきたあらゆる知識や情報をフル稼働しないと、3つの単語を組み合わせて400字詰の原稿用紙3枚程度のストーリーを仕立てるというのは不可能に近い。

これは一種の知的ゲームとしては非常によくできていると感心した。

入社試験にもかかわらずあんまりにも面白かったので、それからしばらくの間、自分で工夫をして3大話(噺ではない)を作り上げては短いストーリーを創造し続けた。

 

作り方というのは簡単で、自分のノートから、あるいは読んでいる雑誌にピンと来る単語があったら、それを学生君が使っている「単語カード」に書きつけるのである。

「ピンと来る」というのは、別になんの制約だの法則だのかがあるわけではない。ただ心に届いた言葉をとりあえず反故紙に書いて(僕は自由帳とかメモ帳とかは買ったことがなく、基本的にプリントアウトし損なったコピー用紙とか、集合ポストに押し込まれたチラシとかを折って4等分にし、それを切って大きなクリップで挟み込んでメモ帳代わりにしている)、それを手間はかかるが、後日単語カードに書き直し、100枚200枚と溜まったら、空き箱にバラして入れて、それを振って手探りでカードを3枚選び出して、ストーリーを作るのである。

これがまあ、難しいときにはホントになんにも思い浮かばないほど難しくて、通勤のときだろうが、トイレにこもっている時だろうが、とにかくずうーっと考えているのだが、なかなかストーリーまでには至らない。 

 

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ちなみに入社試験の時には、「瞬間接着剤」「口紅」と、たぶん3つめは「結婚披露宴」だったような気がするんだけど、その時にはどう書いたかというと、

 

「ある日、口紅型をしている固形の瞬間接着剤というのが発売されたのを見つけたのだが、これが液ダレもしないし、封を切ったらいつの間にか乾いて使い物にならなくなってしまう従来品とは違い、長時間の保存も可能という優れ物の臭いがしたので、A子はすぐさま手に入れて使い始めた。

ある日、親友の結婚式に呼ばれて、スピーチを頼まれたA子は、こんちくしょうと思いつつも、髪をセットしてドレスアップして結婚披露宴に参加した。

そこで司会者から、

「皆さん、お食事をお楽しみの最中とは存じますが、ここで新婦の大の親友であるA子さんからスピーチをいただこうと思います」

と指名が入り、A子はあわててポーチから口紅を取り出すと、ささっと唇に塗って立ち上がり、うまく紅が伸びるように唇を擦り合わせながら司会者の持つマイクに向かって歩いていった。

ところが!

そのとたんに上唇がみっちりと下唇にくっついて離れなくなってしまったのだ。そう、A子はかけていたバッグの中身をパーティー用のポーチに移し替える際、口紅と瞬間接着剤を間違えて入れてしまったのだった!

A子は無理矢理マイクを持たされて、挨拶をうながされたが、上下の唇はムッと困っているような形に挟まれながら、まるで悩んでいるような表情となっていた。

(すみません、わたし、ちょっと今はしゃべれなくて……)

と言おうとしたが、口から出てくるのは

「むー、むー」

といううめき声だけで、披露宴会場はそのおかしな様子にだんだんと静になり、最後はシーンと静まりかえってしまった。

思わず涙を流すA子だったが、誤解した司会者は、

「みなさん、どうやちA子さんは、親友の結婚式に当たって感極まって何も言えなくなってしまったようです。こんなにボロボロと涙まで流して……」

司会者の言葉に、耐えきれなくなったA子はわーっと言いながら(言えてはいないのだが)会場を飛び出してしまった。

その足でA子が近くの病院に飛んで入って、医者に筆談で相談したことは言うまでもない」

 

みたいな内容にしたんだと思う。

400字で5枚だったかなあ……2000字以内で、という制約があったような記憶がある。

 

そうした自分で決めた分量内に収まるよう、鉛筆で書いては消し、消しては書いてを繰り返し、途中消しゴムでガシガシ消しては全面的に書き直したりして(ここでも「鉛筆と消しゴム」という組み合わせが結局は早いしベストであると考える)、なんとか時間内に書き上げた記憶があるし、その後別の日に呼び出された役員面接でその作文を褒められた記憶がある。

 

当時の社長が、

「君、うちとか隣とか講談社まで受けてるのか……で、去年はうちも含めてぜんぶ落ちたと……君、勉強はダメだね

と言って笑っていたが、

「まあでも、試験の成績がいいとか悪いとかいうより、この3大話は面白かったよ。これこそ編集者には必要とされる才能だ。まあ、まだ受かるかどうかはわからないけど、そう落ち込まずに待っていたまえ」

と言ってくださったことを今でも覚えている。

 

それはさておき、この「三題話」は、テレビの『大喜利』なんかでよくお題として出てくる「三題噺」とはちょっと違って、題材が名詞ばかり3つというところ。

ここに動詞を含めてしまうと、あまりにも条件が厳しくなって、なかなかアイデアが思い浮かばなくなってしまう。

それ以外の制約もあったりするのが落語の「三題噺」だが、プロの落語家だからこそ名回答・珍回答が出せるのであって、一から文章修行をしようとする人間にとっては難しい。

 

例えば「掘り当てた」とか「獲得した」「取り返した」「大成功をおさめた」「さめざめと泣いた」なんて単語が混じると、いきなりハードルが跳ね上がってしまう。

 

だから単語カードに書くのは名詞のみ。それを3つ選ぶというのがちょうどいいような気がする。

「洞窟」「満員電車」「デジカメ」「スマホ」「浮遊感覚」「ブラックホール」「町奉行」「蝉」「夏祭り」「乾電池」「ユーチューブ」「新型コロナウイルス」……なんでもいい。

思いついた単語、読書中に引っかかった単語、電車内の吊り広告に書いてあった単語、しばらくは単語の蒐集家にでもなったつもりでたんごを集めよう。

 

 

さて「三題話」と言われるこの入社試験、会社が創業してから長年、伝統的に出題されていたそうなのだが、いつの間にかなくなってしまったらしいと聞いたとき、なんだかがっかりしたとともに、

(それって、総務とかが採点しやすいような問題に絞ったからじゃないのか?)

と疑いを持った。作文なんて、採点が難しいからわからんでもないけど。

でもそうやって、中学や高校、大学の試験の時のような「偏差値テスト」的なものにしてしまうから、ロクな人間が集まらずに、東大・京大・早稲田・慶應型のおもしろくもないサラリーマンのような編集者ばかり増えて、ゆくゆくは経営が行き詰まるんだよ……と思うのであるが、まあ、それも大企業病のひとつってことなんだろうな。

 

通勤の行き帰りに語学をやっているのなら話は別だが、なんにもすることがなくて、ただひたすら目を閉じているだけなら、ぜひとも3大話をやってみることをオススメする。

タダでできるし、けっこう頭を使うし、うまくストーリーが出来上がったときに実際にそれを原稿用紙に書き写してみるのは、いい経験になるしと、いいところだらけである。

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この文章修行法に慣れれば、文章力のみならず、構成力もつくなど、格段の向上が望めるだろう。

さらにこの修行法は、もうひとつ上のクラスを狙えるのだという、さらに有益な要素を持っているのだ。

 

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