✨どしゃ降りだっていいじゃないか。最後に晴れれば✨

小説家・小宅高洋(新ペンネーム)のひとりライフ。

≪結婚なんかしちゃあなんねえ≫①

映画でもドラマでも小説でも、ありとあらゆるジャンルにおいて、人生の先輩たちが口をそろえて

「結婚なんかするな」

と言っているのは、本当に後学の諸君の身を案じてのことである。

僕の友人知人で、結婚してン十年、うまく行ってるよ、なんて言っているのは0である。ゼロ。空疎。0人。

なんらかの事情で一緒にいるけれども、それが楽しいとか気が休まるとかのたまわる友人は、みごとなほどいないのだ。

友人のひとりは、とにかく奥さんの意見優先だったため、自分の母親を家に上げることもできず(奥さんが母親のことを嫌っていて、遊びに来ないで欲しいと言われるのをわかったと聞いていた)、お母さんは結局、同じ敷地内に住んでいるにもかかわらず、孫の顔を見ることは晩年ほとんどできなくなっていた。

もちろん母親の方にも問題があったらしく、友人が会社に行って奥さんしかいない、もしくは幼い子供たちと一緒という状態で、庭に面しているベランダの方から勝手に入ってきて何やかやと指示したり、当然のごとくお茶を淹れさせたり、暗にお茶請けを要求して、まるでその独立した友人の家を、我が家のように支配しようとしていたので、奥さんがキレたという事情もあったようだが。

それにしたって、久しぶりに孫と会って話をしたのが、そう長くはないと医者に宣告された病院のベッドの上だったというのは、あまりに悲しすぎるだろう。ひどすぎるだろう。

 

女は女同士で固まるというのは男の勝手な想像で、女はそれぞれひとりひとりが独立した“般若”なのである。

自分の旦那を支配し、子供たちを支配するのは自分であって、旦那のお母さんではない、ということなのだ。

よく言われるところの、主導権争いというのを演じていたわけである。

そんな関係に耐えられなくなった母親に頼まれて、以前のように仲の良い関係になりたいと伝えても、

「あなたは私の味方なの? お母さんの味方なの?」

と、まったく話にならなかったそうだ。

男同士仲が悪ければ、お互い顔を見せないように我慢や努力をするものだが、女同士となると、いったん敵になったら最後、敵が降伏しようとしても許さないのだ。

嫁も母親も、それこそ相手を叩きのめすまで攻撃の手を緩めない。

怖ろしいというかなんというか……

 

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こうした女の変身に堪えられるのは、若い男じゃとても無理。

正直、完全に尻に敷かれてしまって、結局は自分の子供の生殺与奪の権を握った女房に否とは言えなくなるのだ。

僕が今、娘に会えなくなった原因は、僕もまた敵として認識されたからである。

最初は無性に寂しいと感じ、朝起きてからすぐさま酒をあおったなんて時期もある。診療内科に通った時期もある。

けれども相手はそれを訴えても、

「あたしはこれまであんたのことを我慢し続けてきたんだ」

と、今の態度は僕が招いたことであって、自分が間違っていたなど、これっぽっちも考えることはないのだ。

毎日家に敵がいる我が家。そして人生。

こんなに怖ろしいことがあるだろうか。

それを、女房が若いときにいい事を並べ立て、美味しい食事をご馳走し、テーマパークなど流行の場所に連れて行き、高くてなかなか手を出せないようなネックレスをプレゼントするなどして女房の気を引き、結婚にまで至ったのは、誰のせいでもない。

自宅で般若と一緒に暮らす羽目におちいったのは、ぜんぶ自分が悪いのである。