小説家とライターとの間の太い線(その3)。

ライターと小説家について、本当におおざっぱに書いて来たけれども、主眼はそうした分類ではなくて、そうした文章を生業(なりわい)としている人種には、もっと大きな別の分類があるのである。

それは、

「自分の名前で本を出したかどうか」

という一点で、このハードルというのが、そうではない人間とでは極めて大きい。

 

書店でいろいろな単行本を見た場合、その人間の名前が載っているかどうか。つまり独り立ちしているかどうかで、出版社がその人間をどう見ているか、扱っているかがわかる。

小説家となると、職業上ペンネームのない本はあり得ないけれども、ライターの場合だと、

「21世紀研究会」だの、

「独身女子部編」だの、編集者や出版社が適当に名前をつけて、そこに複数のライターを押し込んだなというのがすぐわかるだろう。

そのワンランク上になると、単独名+なんとか研究会となってようやく単独のとペンネームを書いてもらうことができるようになり、段階を隔ててようやく独り立ちということになる。

ともかく単独名をつけてもらえるか否かで、「その時点での」ライターの実力だったり出版界における認知度などを測ることができる。

この単独名をつけてもぱかる存在になれるかどうか。

これはかなり難しいことで、あるペンネームでどこか雑誌の連載をコツコツと続けているうちに、単独名での単行本もいいかなと編集者が思えるところまで地道な努力をしてゆくしかない(のが普通)。

 

この一線を越えることができるかどうか、それがライターにとっては当面の大きな目標となる。