✨どしゃ降りだっていいじゃないか。最後に晴れれば✨

小説家・小宅高洋(新ペンネーム)のひとりライフ。

■2/19(火) 失いつつあるもの。

あと10日で2月も終わり。

不思議だな。毎年1月が終わると加速度的に時間のたつのが早く感じられる。

閏月で3日少ないとか、そんな単純な比じゃないような気がする。

しかしその時間の波に押し流されてしまうと、自分というものを見失ってしまう。

そして霜月あたりになってハッと、自分が時を失っていたことに気がついて愕然とするのだ。

毎年そんな調子で後悔を繰り返しているうちに、同年代という仲間がひとり、またひとりと消えてゆく齢になってしまった。

 

■娘に危機感なし。

受験は、手続きをすべて終えて、入学許可証をもらって初めて終わったといえると口を酸っぱくして注意してきたつもりなのだが、受験が終わったという解放感、5校全滅も覚悟しなければならないというときに、1校受かったという喜びで、連日友人と遊び回っているのだが、とにかく奨学金を受けないかぎり大学には入れないのだからと、責任の大半は自分にあると思って、日本学生支援機構に電話したり、入学金を立て替えてくれるという労働金庫に手順を聞いたり、すべて僕がやってしまっている。

そして労働金庫では、親と子のふたりで来てもらって、それぞれ印鑑が必要で、お子さんには労働金庫に口座を開いていただき、親子であることの証明ができる免許証や保険証の持参など、いろいろなことを聞いて娘に注げると、これはどこか抜けている娘とは違って「なに考えてるんだ」という元妻がパートを休んで本日午前中に奨学金を担保に金を借りに行ったそうなのだが、あの上の息子の時の、合格したが手続きが遅れたために入学できないかも知れないという今考えても僕の方がコワイという体験をしながら、喉もと過ぎてしまったのか、まったく行動に移そうとしない元妻にあらためてやっぱり頭が悪いのだろうとひとり悪態をつき……

 

そして娘も入学金20万円だけ振り込まれることになって安心したのか、またどこかへ遊びに行ってしまったままほとんど連絡がとれず。

仕方なくまた大学に電話をして問い合わせすると、住民票だのなんだの、必要書類は山ほどあることが判明。

だから住民票は、今日労働金庫に行く前にとっておいた方がいいぞとアドバイスしたのだ。自転車でわずか5分のところに市役所のサービスセンターがあって、いつもガラガラなんだから。

 

その上ウィルコムの電話は契約してわずか10日で7000円も使っていたためにいったん支払ってくださいと要求されてしまい、しかし電気代と歯医者代があるから払うことができず、22日からは使い物にならなくなってしまう。

連絡をとろうにも、このパソコンからメールを打つしかなくなったわけで、しかも学校だのどこだのに電話をして問い合わせすることができなくってしまう。

しかしじゃあ当人や元妻がやるかというと、まず言われてから焦るだろうことは目に見えていて……

 

そんなことをしていたら、夕方6時を過ぎてまだ5ページという体たらく。

そこでもうちょっと切れて、かつ悲しんで、子を谷底に落とした方がゆくゆくは当人のためになるだろうと、今後一切手助けすることをやめることにした。

もし手続きミスで入れなければ自分の責任。痛い目をみないとわからないようだし、元妻は痛い目を見てもまるで学習していないし。

 

しかも家が貧乏ということになれば「浪人は許さない」という家が多いにもかかわらず、当人が予備校には行かないで自分で勉強するからということで浪人を許してしまった形の元妻がいて……嗚呼もうなんだかすべて終わったような気がしてきた。

 

結局時を逃してしまったのはこの自分自身なのだ。