✨どしゃ降りだっていいじゃないか。最後に晴れれば✨

小説家・小宅高洋(新ペンネーム)のひとりライフ。

■ 10/6(土) ③プーアール茶を飲みながら、雑感(2)

一方、比較的最近、こんな記事も読んだ。

(僕の脳細胞においては、誰がなんという雑誌に寄稿したかなど、データをとっておくつもりが毛頭ないらしい)

 

「人生には、使う人間と使われる人間の2種類しかない」

 

これはいろんな経済誌にも書いてあることだけれども。

  • 雑感(1)もとてもアバウトな覚え方&とらえ方だったけれども、僕の脳細胞はどうやら、コスモス志向ではなくカオス志向であるらしい……漠然とした脈絡のない混沌とした世界にどんどん知識を放り込んでいって、それらがなにを生み出すのかわからないが、たぶんそれを愉しんでいるようなのだ(これもまたこの項目に関係があるかも知れない)。

 

使う人間というのを、職業だけに限定して考えると、これは創業者であることは言うまでもない。

彼は人を使うことによって事業の収益を目指していくわけだが(悪い意味で「搾取」という言葉もあるが、良い意味で「リーダーシップ」のような存在でもあると思う)

 

これに対して使われる人間というのは、創業者あるいはその継承者という意味でのトップからいろいろ命じられて、それがとりわけ日本の場合にはトップダウン方式で下りてくるから、組織の末端に近い人間は常に大きなストレスを抱えることになる。

 

こう考えると、使う人間というのがいかにラクをしているかみたいな悪者論が出てくるんだけど、じゃあそんなにお気楽な存在かというと、これはもう壮絶な人生と言わざるを得ないだろう。

金銭面では、多くの創業者は自宅などの不動産や動産を担保に入れて銀行から金を借りているから、事業がつまずけば、ハイ、明日から住むところもありません。家族も路頭に迷います。子どもは私立高校から公立高校に転校するか、高校自体をあきらめなければならないかも知れない。

奥さんはパートに出て朝から晩まで働きづめで、昨日まで確かに存在したはずの家庭が、一瞬のうちに崩壊してしまっている(事業を継続するためすでに崩壊している場合も多々あろうが)。

身を粉にして働いてくれた従業員ひとりひとりに頭を下げて辞めてもらい、すべての敗戦処理が終わったときに残るのは、莫大な借金だけ。

自己破産できる人間は意外と少なくて、多くは親友や親族から金を借りているケースの方が多いから、彼らの借金を踏み倒すわけにはいかない。

 

使われる人間はストレスがたまるというけれども、創業者のストレスといったら、それこそ計り知れないものがあると思う。

それに耐え抜いた創業者だけが、節税対策かも知れないけど、従業員の保養施設とは名ばかりの家族用別荘を買ったり、自宅を流行のインテリアで飾ったり、高価なブランド物に身を固めたり、家一軒買えるぐらいの外車を乗り回したりできるのであるし、それが創業者の特権であろう。

それさえ赦されなかったとしたら、オレはなんのためにビジネスをやってるんだとみずから創業者の地位をかなぐり捨てて、使われる人間の仲間入りをするだろう。

だって、上司の悪口を言ったり、職場の人間関係に心を悩ませたりしている方が、はるかにラクだから。

 

となってくると、「安定」を求めて会社勤めをした人間は、そこで丁稚奉公をして将来独立するんだという夢が無い限りにおいては、創業者よりもラクをしていると言い換えることも可能だろう(あらゆるケースの想定なんてできないからアバウト)。

 

つまり使われる人間は、「安定」を手に入れるために、それ以外のあらゆる不平不満の起りやすい世界にみずから身を投じたことになる。

だとしたら、黙々と働くしかないと思う。

 

※ちょっとハンパじゃなくてんぱって来ており、(仕事も財布の中身も)、更新は続けますが、当面の間、コメントの書き込みを停止しようと思います。自分勝手で申し訳ありませんが、冗談じゃなくてすんごくヤバイの(-◇ー;)